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help リーダーに追加 RSS ■ジュディ・ガーランド プロフィール

<<   作成日時 : 2008/01/22 14:16   >>

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本名■フランセス・ガム
生年月日 ■ 1922/06/10
出身地 ■ アメリカ/ミネソタ州
没年 ■ 1969/06/22 (享年47)

 父親は無声映画館の館主、母親は映画のピアノ伴奏者で、幼い頃から、舞台経験があった。1936年、14歳の時に、ミュージカル映画で、一時代を築いた映画会社MGMのオーディションに合格し、映画デビュー。ミッキー・ルーニーとの共演で、多くの映画出演し、1939年、17歳の時に「オズの魔法使い」に主演し、アカデミー特別賞を受賞した。当初、「オズの魔法使い」のドロシー役には、他社の映画会社に所属していた、売れっ子のシャーリー・テンプルが候補にあがっていたが、相手の映画会社に断られた。

 1941年、19歳で結婚するが3年後に離婚。1944年に「若草の頃」に主演し、監督のビンセント・ミネリと結婚し、長女を出産(のちのライザ・ミネリ)

 1948年、「イースター・パレード」で、引退していたフレッド・アステアと共演。アステアがこの映画でカムバックしたのは、主演するはずだった、ジーン・ケリーが足を骨折したためだったが、大ヒット作品となった。

 当時の映画会社には、俳優組合などはなく、徹夜での撮影の際には、眠気ざましとして、映画会社から、ドラッグを渡され、ジュディは依存症となっていた。この頃から、睡眠薬を常飲するようになる。1950年の6年後に、離婚。また、ジーン・ケリーとの共演作「サマー・ストック」を最後に、14年間在籍したMGMを解雇された。
 
 1954年に、プロデューサーのシドニー・ラフトと3度目の結婚をし、「スタア誕生」に主演するが、念願のアカデミー賞は受賞する事ができなかった。この映画の撮影は、ジュディの心身のコンディションの良い時に撮影され、スタジオの外にはもしやの事態にそなえて、救急車が待機していたという。私生活はすさみ、再びジュディは、転落していく。1965年、離婚。後に2回結婚。ラフトとの間に生まれた子供は後にローナ・ラフトとして女優になった。

 1969年、睡眠薬で自ら命を絶った。「ママはハリウッドを憎んでいたから」と、娘のライザ・ミネリは発言し、別の場所で葬儀がおこなわれ、10代の時たくさんの映画で共演をした、ミッキー・ルーニーは呆然とたたずみ、演技派女優で気難しい性格であった、キャサリン・ヘップバーンも参列した事から思うのは、ジュディは、才能だけでなく、性格的にも魅力的だったような気がしました。

1961年□ 助演女優賞 「ニュールンベルグ裁判」
1954年 □ 主演女優賞 「スタア誕生」
1939年 ■ 特別賞

++++精神不安定の為、出演を断念した映画++++

「恋愛準決勝戦」、「ブロードウェイのバークレイ夫妻」、「アニーよ銃をとれ」

++++「ジュディ・ガーランド物語」(2001年)NHKで放送。

 デリカシーのない母親とは反対に、優しい父親が心の支えだった、少女時代のジュディ。当時は、徹夜で撮影する事も珍しくはなかったので、眠気覚ましとダイエットの効き目があるドラッグ(覚せい剤)を、撮影所から渡されて服用していたので、それがスターからの転落の原因となった、悲運のスターでした。

 少女時代と大人になってからのジュディに違和感がなく、他の俳優さんもみな適役で良かったと思いました。ジュディが子役から若い頃活躍したのは、ちょうど戦時中にあたるので、アメリカと日本でのジュディ・ガーランドのとらえ方には、雲泥の差があると思います。

 第二次世界大戦が始まったのが、「オズの魔法使い」が、アメリカで封切られた1939年なんですね。そして、終戦が1945年と、その7年間に、「若草の頃」などを含む5〜6作品がアメリカでは上映されました。子役時代にミッキー・ルーニーとコンビを組んだ2作品も、戦争が始まる1年前の1938年ですし、その頃は日本国内も洋画は禁止していたのではないでしょうか?

 戦後になって、洋画が解禁になって、初めて、ジュディ・ガーランドという女優を知ったのではないでしょうか?

 もしも、戦争がなかったら、日本でのジュディ・ガーランドの評価ももっと高く、映画でもライブでも、今みたいな淋しい状況じゃなく、たくさんリリースされていたかと思うと、残念で腹がたちました。

 TVドラマでも、彼女がTVのショー番組を持つというシーンが出てくるのですが、たぶん、それなんでしょうね、「ジュディ・ガーランド・ショー」というタイトルで、VOL..17まであって、BOXセットにもなっています。わたしは、単独のライブが観たいので、アメリカで売り上げと評判の良いジュディのライブを日本で販売して欲しいです。何もアメリカで発売されているすべてのライブDVDが観たいなんて言いません。けれど、「カーネギーホール」のライブ盤を聴いた人なら誰でも、DVDでジュディのライブを観たいと思うはずです。

 たまに、リリースされても、ひどい状態だったりして、日本の販売会社はもっと、日本のジュディファンの事を考えてほしいです。映画のDVDの場合は、画質&音質が良好、特典映像をみやみにカットしない。ライブDVDの場合は、日本語の歌詞のスーパーをいれてほしい。CDの場合は、簡単な解説と日本語訳詞をつけてほしいです。お金を出して買うのですから、色々難しい問題もあると思いますが、英語が母国語ではない日本人のジュディファンの為だけでなく、頑張って改善される事を強く望んでいます。

■作品賞(TVムービー/ミニシリーズ)
 
放送映画批評家協会賞
2001年 ■ TVムービー賞
■ 女優賞(TVムービー部門) ジュディ・デイヴィス (ジュディ・ガーランド役)

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